5、個性のこと、凸凹のこと




個性とか能力のこと(ADHD、アスペルガー、グレーゾーン)

 

2018年1月 発達障害の検査を受けました。脳の働きのバランスをみる検査です。じっくり考えることや、読解力はあるものの、状況を瞬時に判断することや、作業のスピードは速くなく、「出来ること」と「デキナイこと」の数値が大きく出てました。ADHDの傾向があるとの診断です。

 

子どもの頃から「周りの子たちと違うのかな?」という感覚はありました。仲のよかった幼馴染にも「ちょっと変わっている」と指摘されたり、「天然よね」とも、よく言われます。

 

とはいうものの、世界は自分が中心です。自分が「普通」なんですね。

 

 


最初の疑惑

 

発達障害の傾向があるかも、と指摘されたのは、2005年のことでした。

ケアレスミスが多かったり、抜け漏れが多かったりしたことで、当時のレイキの師匠が気づき、発達障害の概念を聞かされました。

 

そのときも、精神科を受診しに行きました。でも、当時はまだ客観的なスケール(テスト)もなく、発達障害についての理解も、まだまだ進んでいませんでした。

診察してくださった先生も「しっかりご自身のことを話されるのに、何か困ってらっしゃるのですか?」と。

 

そのときは、仕事をしていないときでした。

 

これまでの自分を振り返って、デキていないことを思い出します。

周りの人の早いペースに合わせることでができない。本音を押し殺して、建前に合わせるなんてできない。同時並行の作業をテキパキとこなすなんてできない。仕事に取り掛かるまでに時間がかかったり、慣れない新しいことが続くと脳が早く疲れたりもします。

 

「私なりに工夫して、マイペースだけど、楽に仕事ができるようになってきた」

 

 

そう信じて、疑うことはなかったのに、どうやら私は世間一般の標準だとか平均とは、ちょっと違うというのです。

 

 

しかも、「能力的な凸凹がある」ということを、自分で受け入れていけたとしても、ではどうやってこれから生きていったらいいんだろう? 解決策が見つかりません。

 

「障害」という名称にも圧倒されて、自分自身の凸凹を受け入れることはできません。 

 

 

 


「普通の人」を装った時期

 

その後、長い間、発達障害について書かれた本を手にすることも怖くてできなかったし、ましてや自分のことを、誰かに話すということもできませんでした。

 

これまで習ったヒーリングだとかセラピーを、何とか駆使して「普通の人」になれるよう、ずいぶん努力を重ねていました。

 

でも、「自分と違う何者か」には、どう頑張ってもなれません。

ポジティブシンキングやアファメーション、うまくいってる!と思い込もうと頑張ったところで、自然の摂理と違う方向へと進んでいたら、必ず元にもどされます。

 


本来の自分に戻っていく

 

ヒーリングやセラピーの技法を使って、自分をどんどん癒します。

子どもの頃や幼い頃の体験の中で、傷ついて、棘がささったままになっている、そんなところは、誰にもみんなあるものです。

 

どんどん癒していくうちに、凸凹も含めたそのままの自分が、どんどん好きになりました。そして「凸凹なところもある」その個性を使って「やりたいことをやっていく」それが私のこの人生のテーマなのかもしれないと、思うようになりました。

 

私たちは、生まれる前に、自分の個性や人生のテーマを決めて、両親を選び、この星に生まれてきたと聞きました。車を選ぶような感覚で、自分の個性を選んだのなら、その個性を活かして毎日を楽しんですごしていくことが、今世の自分のテーマになるのだろう? そんなことを思っています。

 


すべての人が伸び伸びと、毎日を楽しく過ごせますように。

 

魔法のように、何かが一瞬で変わるというものではないけれど

体と心とエネルギー(気)、そのアプローチで、いろんな面が楽になることも多いです。必要な方に、必要な情報が届きますように。