プロフィール(子ども時代から、レイキに出会うまで)


すがのかよ

 

 

生きづらかった子ども時代から

レイキで人生が好転するまでの話です。



生きづらかった子ども時代

 

子どもの頃から23歳まで、周りの人と一緒にいて、気が休まることはありませんでした。

まず、人と会話ができません。聞かれたら、恐る恐る自分のことを話すことはできたのですが、会話のキャッチボールができないのです。まったく話が続かないのです。

 

なので、クラスの中にひとり、ふたり、お友達がいればよい方なのですが、そのお友達と一緒にいても、常に緊張してました。そして、「周りの人にどう思われているのだろう?」「どうやったら、好かれるのだろう?」「どうやったら、居場所ができるのだろう?」

そんなことばかり考えてましたが、なにをどう努力したり、工夫したらいいのかわかりません。途方にくれていたのです。

 

今思えば、発達障害といわれるADHD(注意欠如多動性)やASD(アスペルガー)の傾向があったのですね。

 

 

 

中学生くらいから、人間関係に本格的に悩みはじめる

 

子どもの頃から、人づきあいが得意ではなかったとはいうものの

本格的に、人間関係に悩みはじめたのは、中学い入ったくらいからのことでした。

 

単純にクラスみんなで遊んでいた小学生の頃と違って、中学になると

周りのみんなが、どんどん大人になっていきます。

グループの中でどう自分の居場所をつくるか、本音も含めて自分をどう表現するか

皆が模索をしはじめるころです。

 

この頃の私は、自分がどう感じているのか? 自分でもわからなかったので

周りのクラスメイトたちの意見に振り回されます。

自分の意見がなく、嫌なことをされてもイヤと言えなかった私は

「何を考えているのか、わからない子」「面白くない子」として、仲間外れにされることが多かったです。仲間に入れてもらえたとしても、話すことがなかったですからね。

ただ、一緒にいるだけで、常に緊張していました。

 

ストレスの多い状態は、健康にも影をおとします。学校に行きたくなかったのですが、登校拒否をする勇気もなく、無理して学校に行っていると、過敏性腸症候群に悩まされるようになりました。ますます、学校に行きたくない。

 

・・・でも、学校。行ってましたけどね。

勉強は、特に苦労することなくできたので、いい成績とって、高校に進学したら、また違ったお友達と出会って、そこでは居心地よくすごせるかなぁって、先の未来に希望をつなぎ、勉強だけは一生懸命やる。保健室登校を何回かやった記憶はあるけれど、基本、体力はあるようで、休むことなんてほとんどなかった。

 

いま振り返れば、よく頑張って生きていたなぁって思います。

 

 

 

幼少期

おとなしい性格。自分の気持ちや意志をうまく表現できない。

 

ぼーっとしていることが多く、遊び時間も何をしていいのかわからず、お友達のあとをついていくことが多かった。

 

小学生

お友達のあとをついていくばかりだったので、仲間外れや無視をされることが多かった。

仲良くできる2~3人の友達がいると、たのしく毎日をすごしていた。勉強はできた。

 

中学生

複雑になっていく人間関係の中で、友達の話についていくことができなくなり、クラスや部活の中で孤立。学校に居場所がなく悶々とした日々をすごしていた。不登校する勇気もなく、我慢して登校していると、ストレスで過敏性等症候群にも悩まされてていく。

勉強はできたので、成績がよくなれば友達ができるかも、と、とにかく自分にできること「勉学」に励んでいく。

 

高校生 

相変わらず、周りの友達と話ができない。クラスが変われば状況はよくなる?学年が変われば?次のクラスなら! 淡い期待はいつも敗れる。

「大学に行けばなんとかなるかも!」と受験勉強にのみ励む。

 

大学

2~3人、仲のよい友人ができたので、学生生活は総じて良好。

が、クラスの他の子たちとは、やはり会話が続かない。

 

2年生のときに、県主催の洋上セミナーの参加してみたら、やはりここでも周囲の人と会話ができず班の中でも孤立。寄港地での体験はたのしかったが、船の中では辛くて辛くて、一日も早く帰りたかった。居心地よかったのは環境のおかげ。問題が解決したわけでは、なかったのですね。

 

社会人になっても、人間関係で行き詰る!

 

学生のときも、常に常に、

次のクラスでよくなるか? 次の学年でよくなるか? 進学すれば改善するか?

未来に希望を持ってましたが、いつまでたっても、どこに行っても状況は改善していきません。

 

社会人になっても、やはり同じ。いえそれ以上に、共通の話題をみつけることが、まったくできなかった当時の私は、職場でも孤立することになったのでした。

 

いま振り返ったら、アットホームな職場で先輩たちも優しかった。

でも、当時の私は、何しろコミュニケーションもできなければ、周りの人のいいところもまた見つけられない。先輩たちとの関係が悪かった上に、人数に余裕もあったので、仕事も教えてもらえません。毎日涙ですごしていました。

 

 

レイキを習ってからこっち、人生がどんどん好転しました

 

23年間、どん底人生を歩んでいた私に、転機が訪れます。

1996年にレイキを習いはじめてから、どんどんいいことが、起こるようになったのです。

 

実は、レイキを習う1年半ほどまえから、元極学という気功を習っていました。

過敏性腸症候群が治るのかなって、週1だったか、月2回だったか、片道3時間かけて大阪まで習いにいっていました。でも、トレーニングしても、あまり変化は感じない。

 

そこで、気功の先生に聞くと「レイキという方法がある」とおっしゃいます。

それを習うと、なんかよくわからないのだけど

・不調が改善した人がいる

・不登校だった子が学校にいくようになった

・武道をしていて、40すぎて瞬発力があがった

などなど、「それほんと?」というようなことを話されます。

 

1枚ものの案内をもらってましたが

「そんなうまい話があるわけない」と信じることはできません。

 

でも、末尾の一文、気になったことばがあったんです。

 

レイキの10大特徴のひとつ

レイキは、あなたの持っている素晴らしい本質を向上させます

 

「私の本質って何なんだろう?」

 

これまでずっと、人間関係に苦労してきた私は、ちらしの最後の1文が気になって気になって仕方がない。職場の人間関係も、限界のところに来ていましたし、「騙されてもいいか」最後の砦でレイキの受講を決めました。23歳の秋のことでした。

 

 

「レイキで人生が好転した」といっても、魔法ではなかった

 

レイキを習ってからあとのこと

これまでは考えられないようなところで、人生がどんどん好転していきました。

 

ファーストを受講しただけなのに

・落ち込んでも、時間がたてば自然と気分が戻ってる

・周りの人のいいところや優しいころが、自然と入ってくるようになった

・タイミングが合うようになった

・疲れにくくなった

・自分がどう感じているのか(本音のところ)がわかりやすくなった

・直感がどんどん冴えてきた

などなど、これまでどうやっても、どう頑張ってもできなかったことが

自然とできているのです。

 

これには、私も驚きです。

 

とはいうものの

人生が好転したといっても、魔法ではないです。

だから、瞬時に、人間関係がよくなったのかというと、そうでもない。

 

コミュニケーションは、「感覚」と「スキル」その両方が大事です。

レイキを習ってから、感覚が開いて、気づくことは増えたし、自分の気持ち(本音の部分)も理解しやすくなったのですが、感覚が開いただけでは、人との関係はよくなりません。

 

スキルも大事なんですね。

 

どう伝えるか? どう表現するか? どう甘えるか? どう主張するか? どう嫌ってことを現すか?

 

そういうのは、普通だったら、中高と、クラスメイトや部活の中の友人知人との関係の中で、周りの人たちは、すでに学んできています。学生から社会人になっても、あたらしい構造の関係を、またまたそこで学んできてます。

 

でも、私の場合、学生時代は孤立した状態で、コミュニケーションしていないので、関係の学びも経験していません。

だから、23歳になってから、社会人として働きながら、模索するしかありません。

もう必死。毎日毎日、試行錯誤の連続です。

 

結局、はじめに勤めた職場は、2年と1ヶ月で退職し、最後まで相性の悪い先輩たちとの関係がよくなるところまでは行かなかったですが、少しだけ、お互いの存在を認めるような改善されてるところもありました。

 

完全な克服というには、まだまだ遠い道だったのですが、「模索ができるようになった」ってこと、私にとっては奇跡なんですよ。

 

他にも、円滑現象がいろいろあったし、単調でなんにもなっかった毎日が、味わい深いものになる。大きなドラマじゃなくっても、ちょっとしたこと、ちょっとした機微で「生きてるっていいことだわぁ!」そんな風に感じられたことがよかったですね。

 

社会人・一つ目の職場(旅行用品の販売など)

アットホームな職場にも関わらず、先輩たちと会話ができず職場内で孤立。仕事にも支障が出るが何をどうしたらいいのかわからない。

習っていた気功で体調の改善が見られなかったので、気功の先生に尋ねてみると、レイキヒーリングを勧められて受講。その後、少しずつ周りの人と会話ができるようになる。が、旅行の仕事がしたかったこともあり2年1ヶ月で退職。

 

2つ目の職場(遊園地の営業事務)

レイキヒーリングを習ってからあと、気分が落ち込んでも元の状態に戻りやすくなったり、直感が働いたり、気づくことが増えたりして、やっと自分で試行錯誤できるようになる。

これまでだったら、ちょっと大変な状況になると「ムリ!」と言って投げだしていたところを、じっくりと踏ん張って取り組めるようになってきた。自分のペースでできる仕事だったことも功を奏した。2年半続いた。

 

3つ目の職場(旅館の仲居)

料理の品出しなどは、お客様の食事のペースを見ながら同時作業で臨機応変に対応しないといけない仕事。デキナササを実感したのと、体力的な問題で半年で退職。

 

その後、「何をやりたいのか?」「何ができるのか?」考え、アルバイト生活。

カーテン屋に勤務。販売。 


【一般的な経験・資格】

一般旅行業務取扱主任者

 

【職歴】販売、遊園地での営業事務、旅館の仲居、人材派遣の会社の事務、塾講師、学童保育の指導員、ツアーの添乗&旅行会社の内勤、情報紙の編集営業、飲食、障碍のある方のグループホームの仕事、他


【セラピストに関する経験・資格】

EFT-Japanセラピスト

実践心理学 NLPマスタープラクティショナー

カフェキネシインストラクター

ピーチタッチインストラクター 

レイキティーチャー

 

他、経験した技法

元極気功、操体法、フィードバックモーション、ハコミ、TDE、タッピングタッチ、 プロセス思考心理学、野口体操、からだとことばのレッスン、BDIボディーワーク など