● 子どもの頃のこと

 

【小学生の頃】

 

小学1年、2年くらい・・・仲間外れになることが多かった。いじめたり、いじめられたり、の年頃だけれども、いじめる側に回ったことはない。ぼーっとしていて、お友達の遊びについていくばかりだったので、嫌がられて逃げられる。が、仲間に入れてもらいたくて泣きながらついていくという繰り返し。

 

算数のテスト、計算は合っているのに、答えを書く欄に記入する転機ミスで失点多発。

「わかっているのに、どうして間違うのかしらねぇ」は家庭訪問での母と担任との毎回の会話。

 

小学生時代は、比較的穏やかにすごす。気が合う友達もいたので。

ただ、いつもいっしょにいた親友に国語の『きっちょむさん』に出てきた"風変り"という言葉にかけて「風変りってかよちゃんのこと」と言われ、「それって、どういうこと?」とショックを受ける。

 

 

【中学生の頃】

 

クラスの誰がどうした、誰と誰が両想い、などの友人たちの会話についていけなくなる。

部活の友人たちと一緒にいるものの、会話のネタがないのでその場にいるのみ。相槌も打てなかった。

部活はバレーをやっていたけれど、部員が多かったこともあって常にボール拾いと応援団。2人でのパス練習も下手すぎて続かないものだから、私とペアを組むのを敬遠される。

一方、学習面では、授業を聞いているだけで先生の話が理解でき、成績はよかった。

気持ちを共感できる友達がいない、行事やホームルームの時間も常に疎外感を感じる。

クラスが変わったら、状況がよくなるのか、高校に行ったら、居場所ができるのか、未来に淡い期待を抱く。

 

 

【高校時代】

 

テニス部に入るも、やはり下手すぎて、ペアの練習もままならない。(感覚的に情報が入ってこなかったので)誰がどうしたこうしたという気づきがない。話題がないので、クラスでも、部活でも、友人たちとの会話はただ聞くのみ。ただその場にいるだけの「存在感のない子」だった。

学習は、国語、社会は好成績、数学、物理が平均以下と学力もややアンバランス。

学校に居場所がなかったが、不登校する勇気もなく、我慢しながら日常のスケジュールをこなす毎日。

過敏性腸症候群に悩まされ、あちこち病院に行くものの「なんともないですよ。ストレスだから、細かいことは気にしないでね」と言われて、この先どう生きていけばいいのかと途方に暮れる。

大学に進学すれば、状況は変わるかもと淡い期待を抱き、友人と遊べないこともあって、勉学にいそしむ。

 

 

【大学時代】

 

気の合う友人がいたので、比較的穏やかにすごす。授業のことや一緒に体験していることが、友人たちとの会話の主な内容だった。・・・が、大学2年のときに、他大学の人たちと一緒にすごす機会があったとき、やはりまったく会話についていけなかった。共通の話題がない。「こんなことがあって、こう思ってる。あなたはどう思う?」っていう会話がまったくできず寂しい想いをする。

 

 

【社会人になって】

 

地元の百貨店に就職。配属された部署はアットホームな雰囲気のところだった。が、先輩、年の離れた先輩たち、上司など、共通の話題を探すことができず、どう関わっていいのかもわからず、職場でもひとりポツンと寂しくすごす。仕事もデキてなかった。簡単な計算を間違えたり、ちょっとした用事を忘れていたり。年の離れた先輩たちは、私があいさつしても、目も合わせてくれない。なんてひどい人!と当時は思っていました。(いま振り返れば、当時の私の態度がよくなかった。23の頃の私が、後輩として会社に入ってきたら、私も相手にしないかも・・・)

 

 

状況がかわっても、人がかわっても、シンドイ孤独な状況がずっと続いた。はじめは、〇〇さんさえいなければ、〇〇さんが悪い、など誰かのせいにしていましたが、何年経っても状況はまったくよくならないので「これは私に何か原因があるにちがいない。私がかわらなきゃいけないんだ」とやっと気が付く。その後、気功を習い、レイキを習い、少しずつ自分が変化し、生きやすい状況へと変わっていきます。

 

 

● セラピー経験と成長

● かわるところ × 生かすところ